うん日のへにより

もやしと豚肉を炒めたやつ

僕は金を使いすぎた冬のこと千円くらい

 あ、あ、聞こえてますでしょうか。

 今日は昨日よりもひどい一日だった。いいところがあったとすれば昼寝をしなかったところだろう。でも昼寝をしなかったからといって有意義な活動をしたかと言われればそんなことはなく、だから昼寝をしても、いや、昼寝をしていた方がまだよかったかもしれない。

 今日はストゼロを3本、カラオケを1時間半行ったので合計して900円くらい使ってしまった。ニートなのに、せっかくいただいた卑しいお小遣いなのにこの使いようはひどい。日に300円使っても月9000円無くなってしまうのだから一日に900円は破格の使用だ。

 これだけ大枚叩いて何をしたいのかといえば閉塞感から脱したいのだろう。カラオケというのは外で何かしら活動したいことの裏返しな気がする。そういう意味でもバイトでもすればいいと思えてきた。あとは走ったりすればいいと思う。目一杯走れば閉塞感もそう無くなるだろう。それに友達やとっても可愛い恋人も居るのだから少し挨拶でもすれば閉塞感もやわらぎメンマな気もする。

 勉強は全くと言っていいほどしなかった。定義や定理を上からナンバリングしていった。そのナンバーを表に、定義や定理の番号と名前を裏に書いた単語カードをペラペラやって覚えようとした。しかし中々頭に入ってこない。もしかするとコネクションの仕方を間違えているのかもしれない。正当な順番でいったら、通し番号ー定義や定理の番号ー名前という構造のはずなのに少し横着している。というか通し番号なんて要らなくて、定義や定理の番号と名前だけを覚えればいいのかもしれない。どちらにせよ定義や定理の番号とその名前の単語カードを新しく作ってみた方がいいかもしれない。

 13個の定義や定理。それらをタンスの引き出しのように自在に引き出せるようにしたいのだけれど。いや、やはり通し番号は要らないかもしれない。定義や定理の番号、つまり定義2.1やら定理2.5やらの番号で引き出しの用は足りてるか。それと名前、つまり中身に何が入ってるかの概要を貼り付ければ見通しもいい。やはり通し番号という無駄な脈絡のない情報を頭が受けつけなかったのかもしれない。昔から年号を覚えるのが苦手だったし。まあ年号には意味がそのうち乗ってくる感じもあるだろうから一緒にされては…みたいなこともあるかもしれないが。

 閉塞感を感じる理由には他にも、近所に飽きたというのがある。道に飽きた。ならばグーグルマップか何かで新しい道を見つけて、そこに行ってみるのはどうか。きっと普段入らない見馴れない道が沢山、行ききれない程近所にもあるはずだ。まあそんなことをするのはなんとなく末期という感じもするけど。

 定義は他から参照しないというか発した時点で暗記事項になっているけれど、定理は後で参照したりする。だから定理には記号が振ってあって、定義には振ってないのか。僕の場合は暗記する対象として名前が必要だったから定義にも番号を振った。

 あーあ金を大事にしたい。